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マチロク 〜いつもの街の貴重な記録〜 (No.1 - 10)

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No.10 北田商店街(昭和35年)
 北田アーケードの文精堂付近の写真です。通りを行き交う人々や脇に並べられた自転車や商品、バイクなどで当時のにぎわいの様子が見て取れます。北田周辺は古くから月に6回の市が開かれるなど、鹿屋城(亀鶴城)の城下町として栄えた歴史があります。アーケードは現在では湧水を利用したミストが整備され、暑い夏に一服の涼を与えてくれます。まちは常に変化し続けますが、昔から変わらないお店など、「いつものまち」がそこにあることも、まちの魅力ではないでしょうか。
No.9 給食(昭和37年)
 鹿屋小学校の給食の様子です。この年に鉄筋校舎の完成とあわせて給食室が新しくなりました。給食が近づくと美味しそうな匂いが学校中に広がり、お腹がすいた思い出がある人も多いことでしょう。当時の給食といえば写真のようにコッペパンとミルクが定番でした。昭和43年末のデータによると鹿屋小学校には1,477人の児童がいたそうです。今までもこれからも学校の楽しみの一つである給食は、子どもたちにおいしさと健康を届け続けます。
No.8 テレビ(昭和35年)
 家族写真の中心にテレビ。この写真が撮影された昭和35年は日本でカラー本放送が開始され、ダッコちゃん人形が大流行した年です。テレビは当時の価格で5万円前後、当時の初任給で考えると約4か月分に相当する高価な買い物でした。まだあまり手に入らないテレビで、プロレスを見ようと近所の人も集まってきました。白黒からカラー、アナログからデジタルと機械は変化してもテレビを囲んでの団らんは今も昔も変わりません。
No.7 囲炉裏(昭和34年)
 懐かしい囲炉裏は、ガスの普及に伴って姿を消し、現在の家庭ではほとんど見ることはありません。囲炉裏の跡を掘りごたつとして利用したりしたという話も伝わっています。
 方言では「ゆるい」と呼ばれ、ほのぼのとした雰囲気を感じることができます。囲炉裏は、暖を取るだけでなく調理用や照明としても利用され、煙は家の害虫駆除や耐久性を保つ役目をしました。囲炉裏には自然と人が集まり、家族の絆も深まりました。
No.6 お弁当(昭和38年)
 昭和38年に撮影された、ある小学校の運動会での一コマ。写真には重箱にたくさんの巻寿司や、おかずを見ることができます。
 このお弁当を目当てに運動会をがんばった人もたくさんいらっしゃるのではないでしょうか。同じフィルムにはお弁当をほおばる子どもの様子もあり、
 家族の団らんの様子も感じることができます。朝早く準備したお弁当を、おじいちゃん、おばあちゃんも一緒になってに舌鼓をうつ光景が目に浮かびます。
No.5 祇園祭(昭和35年)
 この写真は、昭和35 年に北田交差点で撮影された夏祭りでの一コマで、当時は祇園祭「ぎおんさぁ」と呼んでいたようです。
 文献によれば祭りは3 日間続くもので、初日は八坂神社(向江町)で演芸会。二日目は午前10時から鹿屋駅前(現市役所本庁)から神輿が繰り出し、夜は演芸会。三日目は芸能会と大変な盛り上がりであったことが伺われます。今年ももうすぐ夏祭り。みんなで盛り上がりましょう。
No.4 田植え
 市内各地で田植えが進んでいます。現在は機械化により省力化が図られていますが、かつての田植えは一大事でした。親類縁者、ご近所の手を借りて地域ぐるみで行われていました。  小学生も田植えのために学校を休んだりしたそうです。写真中央付近の棒状の道具は、苗を真っ直ぐ、等間隔に植えるための道具です。  三角形に組まれたものもあり、田植定規といいます。長年の経験と知恵が生かされた米作り、今年も新米が楽しみですね。
No.3 古江を望む
 約55年前、古江地区を通る国鉄線路の高架、トンネルを見て取ることができます。当時、就職や進学する人が、汽車の窓から故郷の海や山を目に焼きつけて旅立ったことでしょう。現在では、この高架のごく一部と奥に見えるトンネルの入り口を残すのみです。
 生活様式の変化や安全確保、その他様々な原因で街の様子は徐々に変化していきます。生まれるものがあれば失われるものがある。それも自然の摂理でしょうが、思い出や記録として後世に伝えたいものです。
No.2 高隈山を望む雪景色の様子
 昭和30年頃に撮影された、雪景色です。旧鹿屋市役所本庁、もしくは桜デパートから、高隈山を望む方向で撮影されています。画面下の建物が北田交差点と思われます。鉄筋のビルではなく、2階建て程度の木造住宅が密集している様子が見て取れます。昭和30年の主な出来事として、高隈村の合併、鹿屋小に全国初の半円校舎が完成したと市史にあります。
 最近ではこれほどの大雪はありませんが、高隈山の雪化粧をみる日もありました。まだまだ寒い日が続いていますので、体調には十分ご注意ください。


No.1 鹿屋市北田町付近の様子
 昭和34年に撮影された、鹿屋市北田町付近の様子です。画面右側の大きな建物が旧市役所庁舎、ほぼ中央には桜デパート、その左側にバスセンターを見ることができます。
 鹿屋市史によると、この年には、皇太子(今上天皇)がご成婚されました。また笠野原台地の畑地かんがい事業が認可され、鹿屋紅茶の全国3位入賞や暖地ビートの栽培開始など希望にあふれチャレンジ精神旺盛な出来事も多い中、全国的には伊勢湾台風の襲来による大きな被害を受けた年でもありました。