トップへ| サイトマップ

かのや歴史探訪 (No.81 - 90)

一覧へ



No.90 大隅野里駅(野里町) 地図
 南隅軽便鉄道の野里停留場として、大正4年4月11日に開業。その後、昭和10年6月に国有化されて古江線(後の大隅線)の大隅野里駅となりました。
 第二次世界大戦時には、日本海軍の航空基地(現海上自衛隊鹿屋航空基地)に隣接する駅として、基地内まで資材や弾薬を輸送するための全長約3qの専用線8本が引き込まれている古江線の中で最も大きな駅でしたが、昭和20年3月19日、米軍の凄まじい空襲を受けて弾薬が爆発。駅舎は壊滅しました。
 戦後、駅舎はコンクリートで建設されましたが、利用者の減少により無人駅となり、昭和62年3月14日には大隅線廃止に伴い廃駅となりました。
 現在は、廃駅当時の形を残して休憩所として整備され、市民の憩いの場となっています。
【問合せ】 市商工観光課 電話番号 0994-31-1121


No.89 北田の湧水点(北田町) 地図
 現在、城山駐車場、日本庭園となっている付近にはかつてプールがありました。 現在でも北田地区には、素晴らしい湧水がコンコンと湧き続け、アーケード跡を利用したミストが通行する人々に一服の涼を与えてくれます。
 その湧水を利用していたというプールは、「とにかく水が冷たかった」「つんてっせぇ、いぃもならんごやった(冷たくて入れないほどだった)」という声を、現在でも利用した人からよく耳にします。
 クーラーが一般的ではなかった時代、夏といえば北田プールで水泳!涼しすぎるほどの涼を求めて、子どもたちがこぞって利用していました。この夏は北田の湧水点とミストで自然の恵みの涼しさを味わってみてはいかがでしょう。
【問合せ】 市文化財センター 電話番号 0994-31-1167


No.88 高崎正風の「ら志く」扁へん額がく (輝北町 上百引) 地図
 高崎正風は、1836年(天保7年)薩摩藩士の家に生まれ、国学を志し、和歌を学びました。
 その正風は明治2年に輝北の最後の地頭として赴任し、のちに宮内省御歌所の所長となり宮廷歌人の中心となった人です。
 輝北歴史民俗資料館に展示されている「ら志く」の書は明治44年に当時の百引村長の要請で、正風が76歳の時に書いたものです。
 誰もが「らしく」ある。地域が「らしく」ある。背伸びをせず、らしくあることは、すべてに通じる人生訓といえるでしょう。
【問合せ】 市文化財センター 電話番号 0994-31-1167


No.87 仮屋跡のクロガネモチとアオバズク (串良町岡崎) 地図
 串良総合支所駐車場横に残る仮屋跡の正門そばにあるクロガネモチの巨木が、春を迎えて、若々しい青葉が芽吹くなど元気な姿を見せています。  このクロガネモチに今年もアオバズクが飛来し、5月31日現在、1羽が確認されています。飛来が記録に残るのは平成15年からで、今年で11年目となります。  例年このクロガネモチにあいた穴に巣をつくり、数羽のヒナが誕生しています。  老木でありながら生命力あふれるクロガネモチ、次の世代が生まれるアオバズク、どちらも大切に見守りたいものです。
【問合せ】 市文化財センター 電話番号 0994-31-1167


No.86 いこいの里園 (天神町) 地図
 天神町の道路沿い、斜面に紫陽花園が広がっています。
 このいこいの里園は、高須町に住む川村忠光さんが「近くを通る人に喜んでもらえれば」と2004年に50株から手植えで栽培を始めたものです。 現在では斜面に9段まで石積みされた石垣などに4000株の紫陽花が植えられています。
   石のベンチやテーブル、10台分の駐車場なども整備されているため、これから迎える梅雨の季節に紫陽花を楽しんでみてはいかがでしょうか。
   ※入園は無料ですが、私有地のため迷惑となる行為等を取らないよう気を付けましょう。
【問合せ】 市商工観光課 電話番号 0994-31-1121


No.85 田の神ロード (浜田町) 地図
 3月に入ると、早期水稲の準備が始まり、市内各地に田園風景が広がります。 田の神像は、春に山から降りてきて、稲の豊作を見守ったあと秋に山に帰るとされる本県特有の農神像で、市内に140体ほど確認されています。
 市民憩いの場である霧島ヶ丘公園には、鹿屋地区の田の神像のレプリカを展示してある「田の神ロード」があるのをご存知ですか。 約40体もの他の神像が手にメシゲやスリコギを持ち、とってもユーモラスな表情で来園者を迎えてくれますので、 春の行楽日和に出かけてみてはいかがでしょうか。
【問合せ】 市文化財センター 電話番号 0994-31-1167


No.84 棒踊り (輝北町平房・上祓川町) 地図
 棒踊りは五穀豊穣や家内安全を祈願するために、江戸時代の終わり頃から踊られており、現在も市内各地で保存継承されています。
 元々は、集落の青壮年の男性が踊り子を務めていましたが、集落の過疎化や高齢化により今では地域の子どもたちも踊るようになっています。
 3月には、3日(日)に輝北町平房の石牟礼神社にて午後2時から平房地区の棒踊りが、24日(日)に上祓川町の瀬戸山神社にて午前10時から祓川地区の棒踊りがそれぞれ奉納されます。
 江戸時代から続く、勇壮な踊りをご覧になってはいかがでしょうか。
【問合せ】 市文化財センター 電話番号 0994-31-1167


No.83 野町観音像 (吾平町麓) 地図
 吾平総合支所横の鵜戸神社境内に観音像が1体あります。 江戸時代薩摩藩では、商店街は野町と呼ばれ、現在の商店街交差点付近にあったものです。 長い間人々の往来を見守ってきましたが、道路拡張工事に伴って現在地に移されました。
 明治時代になると廃仏毀釈が行われ、県内の寺院はすべて廃寺となり、観音像などの石造物は首を落とされたりしています。 この観音像は首をセメントで接合してあり、人々により大事に守られてきたことがよくわかる像です。
【問合せ】 市文化財センター 電話番号 0994-31-1167


No.82 かのや歴史探訪ロードマップ
 市内には102のお宝が眠っているのをご存知ですか。 お宝とは県や市の指定文化財のことです。 このたび、市民の皆さんが文化財に親しみやすくなるように歴史探訪ロードマップの環境整備を行いました。
 ロードマップ看板は、中央公民館、市観光物産総合センター、かのやばら園、吾平振興会館、 輝北総合支所、串良総合支所の市内6か所に設置しています。 また、主要道路から文化財所在地への案内看板の整備も行っていますので、ぜひ、先人たちの生きた証を訪ねてみてはいかがでしょうか。
【問合せ】 市文化財センター 電話番号 0994-31-1167


No.81 輝北小学校の洗心鉢 (輝北町上百引) 地図
 輝北小学校の中庭にある手洗い鉢は、1461年(寛正2)に現在の輝北総合支所の傍らに創建された般若寺にあったもので、手を洗うことによって、心まで清めるといわれています。
 明治の廃仏毀釈により廃寺となると、敷地は現在の輝北小学校の前身である百引郷校として利用され、学校が大正13年に現在地に移転した際も一緒に移転されています。
 長い間子どもたちの成長を見守っている洗心鉢を、ぜひ、ご覧になってはいかがでしょうか。
【問合せ】 市文化財センター 電話番号 0994-31-1167